絡新婦の爪先

いちばん書きやすいところにあった日記のようなもの。

白内障

白内障と診断されました。

さしあたっては、左目です。

びっくりだ。まだ二十代ですよ、こちとら。

 

なんか世界が霧がかっているなー、全体が見えにくいなーと思い、

耐えきれず眼科を受診したらば、案の定。

ネットで調べて、もしかしたら、そうなのか……?

という予感はしていたが、悪いことに当ってしまった。

 

白内障は加齢により進行するのが主らしいが、

僕の場合はおそらくアトピー性皮膚炎持ちの合併症らしい。

地味に生きづらいなアトピー

 

白内障は、世界の失明原因としてはいまだにTOPらしいが、

日本では手術すれば簡単に治る……。

それが救いではあるけれども。

でも水晶体の中に新しい眼内レンズをいれるものらしいから、

ピント調節機能がなくなって、端的に言うと老眼みたくなるらしい。

 

20代で老眼かぁ……っておもう。

深刻ではないかもしれないけど、少しばかりダメージを食らった。

一般的には加齢でなってしまう症例、自分も年を取ってなったのなら、

「まぁそういうものみたいだからね」と納得しやすいかもしれないが、

若いうちに、歳くってからなるような病気にかかるというのは……

それなりに心を整理しにくいものだ。

 

処方された進行を遅らせる点眼薬に、

 

「老人性白内障治療点眼剤」

 

とラベルされていることに、一周まわって笑いがこみ上げてくる。

 

自分の両親よりも先に、息子である自分が白内障になるなんて…

と、思わなくもない。

別に両親が歳くってから白内障になるとは限らないわけだけれども。

 

そこはかとなく、自分が出来損ないであるかのように思えてしまうのだ。

いや、世の白内障はじめなんらかの病気などの人々が出来損ないだ、

と言ってるわけではない。

ただ、自分が、そう感じてしまう、ということだ。

白内障というのも、自分がそう感じる複数要因のひとつにすぎない。

さっきも言ったように、今の自分が罹患することに際して、

適当な理由づけなり根拠づけなり意味づけなりで処理することが、

思ったほど簡単ではなかった、というだけの話だ。

 

さらに言えば、目が見えにくくなるというのは、やはりと言おうか、

あまり気持ちのいいものじゃない。どころかかなり不快だ。

目をあけて物を見ようというときに、たえずそれを感じさせられるのだから。

人間が何かをしようってときに目を使わない場面なんて、ほとんどないからな。

それこそただ音楽に耳を傾けるときや、眠りにつくときでもなければ、

継続的に目を閉じることはそうそうないと思う。

 

白内障の場合は、少なくとも自分の今の進行具合において、であるが、

まったく見えないのじゃなくて、初めに書いたように世界がぼやける感じ。

目のまえに絶えずすりガラスを置かれているような見え方をする。

なんとも居心地が悪いものだ。

 

裏を返せば、手術後はそのような靄が取り払われて、

「世界がクリアーになった」という声もあるそうだから、

その時を待ち、今はこの見えにくい目で見えにくい世界を見ることを

楽しんでみた方がよいのかもしれない。

 

しばし進行具合の様子を見て、折を見て手術することになるだろう。

だが、しかし、そうなんだけれども、不安はある。

 

目の手術めっちゃ怖い。

 

え?麻酔かけるとはいえ、眼球切り開くって何?レンズ入れ替えるって何?

と、平静を保つことかなわず、動揺を隠せない「このザマ」である。

もともと自分は近眼であるが、普段から度の強い眼鏡を着用していて、

コンタクトレンズが怖くて使えないタイプの人間なものでして。

…もうそれ以上は殊更に付け加える必要もないだろう。

手術の成功を自分で祈るしかない。

 

 

 

涙が零れ落ちるのは、目薬を差しているから。

目から鱗の若年白内障

目にものみせて、いただきたい。